成功しているSaaS企業の価格設定とは?そして「死の谷」を避ける方法


Andreas Beutel

価格設定は、対象顧客の設定やセールスオペレーションの構築、そして目指すべき企業規模を決める上で重要なキーファクターとなる。今回はSaaSの価格設定において、考えておくべきポイントを書いていこうと思う。

成功しているSaaS企業の価格設定は?

以下の表は、Blossomstreetventuresが公開した、北米SaaS企業37社の上場時の売上、顧客数、そしてACV (一顧客あたりの年間平均単価)を一覧にしたものだ。

特に見て欲しいのは、Average Contract Size(以下、ACV)の列。高いところでは、2U (ACV 約11億円)、Veeva Systems (ACV 約8500万円)、Workday (ACV 約6900万円)などがあり、低いところでは、Lifelock (ACV 9千円)、Xactly (ACV 3万円) などがある。上記37社全体のACV 中央値は、$14,449(約160万円)。

ACV $15000〜$25000が “死の谷”!?

上の表をACV別にグラフ化すると、ACV$15,000〜$25,000の会社がないことが分かる。実は、ACV $5000〜$30,000は “死の谷” にハマりやすいと言われている。ここで言う「死の谷」とは、ACVと対象顧客がフィットせず売上の伸びが頭打ちとなり成長が止まる、またはビジネスモデルが破綻している、ということ。

しかし、自分が経営する会社のACVがACV$5,000〜$30,000だからと言って、”死の谷” に足を踏み込んでいるとは限らない。提供先となる企業の業種や業界によって、この “死の谷” となるACVが異なるからだ。実際上のグラフのように少ない数ではあるが、一般的に ”死の谷” と言われているACVでも、成功しているSaaS企業が存在している。

“死の谷” を避ける方法はあるのか。

仮に、年間売上50億円規模になることを目指す企業があるとしよう。ACVに応じて算出すると、この企業が必要とする顧客数は以下の通りとなる。

ACV ¥500,000の場合、10,000社の顧客が必要になる。ここで考えるべきは、「実際対象となる顧客数はどのくらいいるのか」。この答を求める際に考慮するべきポイントは、SaaSで独占的なマーケットシェアを取るのは難しい、と言うこと。創業18年のSalesforceでさえ、マーケットシェア19.7%と言われているのだ。

Source: Forbes

自社のACVに対してフィットする対象顧客数が、一体どのくらい存在しているのか。そして獲得できるであろう現実的なマーケットシェアから見ても、目指したい企業規模に成長させることができるのかを常に計算し、把握しておくことが重要だ。
もし、目指している規模に到達する前に頭打ちする可能性が見えたら、ACVを上げる(又は下げる)など価格設定戦略を見直す必要がある。

もう1つ考慮する必要があるポイントは、販売のプロセスがどのくらい複雑であるか。セルフサーブやインサイドセールスだけで完結するのであれば、低いACVでも成り立つだろう。しかし、販売のサイクルが長かったり、営業やカスタマーサクセスのタッチポイントが多かったりする場合、低いACVのままではゴールの達成は難しい。

段階的に。

もしも自社のACVが低すぎることが分かったとき、いきなり5倍以上のACVを狙うのではなく、機能拡充や営業プロセスの修正を行い、1.2倍、1.5倍、2倍というように段階的に見直していくことで、”死の谷” にハマることのない、企業になってほしい。

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チャーン(退会率)との戦い方


Hans Splinter

チャーンレート(退会率)を低く抑えることは、どのビジネスもが戦わないといけないこと。ほんの数パーセントの違いだけでもそのビジネスの成長率や利益率に大きくインパクトを与える。

下図は、ある企業の月次売上の推移。青い線は月次チャーンが2.5%の企業。赤い線は5%の企業。両社とも新規の売上成長率は全く同じだが、ビジネスの規模が大きくなればなるほど、差が開いていることが分かる。チャーンレートが高ければ高いほど成長するための時間とコストがかかるのは明らかだ。

チャーンと戦う時ときは、大きく3つのステップがある

Step 1: 「成功したユーザー体験」が何かを理解する

まずは、成功したユーザー体験を知ること。プロダクトやサービスを使ったことがあるユーザーへのインタビューを通じて、満足度の高いユーザーが、どういった体験をしているのかを理解する。

(成功したユーザー体験例)
B2B・・・「とあるタスクを〇〇分でできた」
コマース・・・「欲しい商品が購入できた」
ソーシャルアプリ・・・「特定の動作(いいね、コメント、お気に入り等)を行った」

もし分析できるユーザーデータがあるのであれば、アクティブ率が高いユーザーとそうでないユーザーの行動を登録からの時間軸で見てみると良い。そこから、アクティブ率が高いユーザーがどういう体験(行動)をしているのかを導き出していく。

(事例)
B2B・・・「導入から30日以内に社員データを70%以上記入している」
コマース・・・「登録から24時間以内に購入している」
ソーシャルアプリ・・・「登録から7日以内にお気に入りを10回押している」

Step 2: 成功したユーザー体験を提供する

チャーンレートが低いユーザーがどのようなユーザー体験(行動)をしているのかが理解できたら、その体験をできるだけ多くのユーザーに提供する方法を考えて実行する。これは、完全にマニュアル作業で良い。スケーラブルである必要は全くない。

(事例)
B2B・・・「導入から最初の30日はサポートやコンサルを手厚くする」
コマース・・・「商品をメールで提案する」
ソーシャルアプリ・・・「お気に入りに入れるコンテンツを提案する」

先ほど述べたように、この段階で自動化やスケーラビリティーを考える必要はない。なぜならこれは、チャーンレートを下げる施策の検証が主な目的だからだ。

Step 3: 再現性があり、スケーラブルなプロセスにする

Step 2で実施した内容が、チャーンレートを下げるための施策として有効であることが検証できたら、この施策を再現性のあるスケーラブルなプロセスにしていく。

(事例)
B2B・・・カスタマーサクセスのマニュアルを作って体制を大きくする
コマース・・・提案の自動化や品揃いを増やす体制をつくる
ソーシャルアプリ・・・パーソナライズされたコンテンツ増やす仕組みや体制をつくる

ベンチマーク

チャーンレートと戦う時に、同規模の顧客を対象にサービスを展開している企業や、同業他社のチャーンレートを把握できていると、自社のチャーンレートの状況を正しく理解することができたり、目指すべきチャーンレートを知ることができる。
例えばB2Bの場合、大企業向けのサービスなら月次チャーンレートは0.5~1%未満、中小企業向けのサービスなら3%~7%程度がベンチマークとなる。月額制コンテンツ課金サービスの場合は、月次チャーンが2%〜6%。サブスリプション型コマースの場合は、5%未満が望ましい。

これらが、常に続いていくチャーンレートとの戦いに備えて実践すべき3つのステップ。このステップ1〜3は、今後何度も何度も繰り返しまわしていくべきだ。

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B2B SaaSスタートアップへの投資基準


Fortune Brainstorm TECH 2014

ここ最近、僕はB2B SaaSスタートアップに出資する機会がとくに増えてきているので、自分の投資基準を一度書き上げてみようと思う。

僕が出資しているB2B SaaSスタートアップは、主にシード期のフェーズでMRR 0円〜500万円の間の企業が多い。まだローンチ前のプロダクトであることもあれば、ローンチして一年以上経過している場合もある。そんな中、僕が投資判断をするときに軸としているのは、この5つのポイントを信じられるかどうか、だ。

1) 顧客がサービスを愛してくれていること:スタートアップが提供しているサービスに対して、顧客の満足度が非常に高いこと。ローンチしてある程度時間が経過している場合は、Churn Rate (3%未満が望ましい)を見るし、あまり経過してない初期のベータ・プロダクトであれば、ユーザーのエンゲージメントを見る。そしてローンチ前であれば、顧客インタビューを通して予測する。

2) 対象顧客のTop 3の課題を解決していること:例えば、人事部長を説得して導入してもらうHR向けサービスを提供しているのであれば、その人事部長が日々感じているTop 3の課題を解決するソリューションでないといけない。そうでないと緊急度や重要度が低すぎてセールズサイクルが長くなったり、そもそもリーチすること自体が難しくなったりするからだ。

3) 世界レベルの開発スピード:僕が投資するとき、ここが一番気にしている部分だ。B2Bスタートアップは、既存顧客の満足度を高めるための機能開発、競合に対するポジショニングを固めるための開発、アップマーケット(大規模の顧客)に展開するための開発など、「開発」という言葉が常に隣にいる世界だ。開発スピードが勝負の鍵を握っていると言っても過言ではないと思う。だから、開発を外部に委託していたら、僕にとってはNG。
開発スピードは、技術メンバー単体のスキルだけでなく、優先順位の決め方、カスタマーフィードバックを効率よく取り入れる営業チームとカスタマーサクセスチーム、そして技術チーム間でのスムーズで効率的な連携が大きく影響する。

4) 社長が自ら売れること:社長がトップクラスの営業マンである必要はないが、まだ小規模なスタートアップならば、少なくとも最初の100社〜1000社は、社長が自ら営業する必要がある。そのためにも顧客に対しての理解力が必要不可欠だ。ターゲットユーザーを理解できていなければ、サービスを売ることなどできない。この、「自ら売れる力」を持っているかどうかは、かなり重要なポイントだ。

5) ARR 50億円のポテンシャル:大多数のスタートアップは、最初の段階ではACVが低い。最初のうちは低くても良いのだが、今後向上させることができて、将来的にはARR 50億円以上を見込める十分な市場規模であること。ARRの規模だけでなく、持続性のあるユニットエコノミックス(CACの回収期間が18カ月以内)等も重要になる。

ARR、MRR、ACVとは?分からない場合はこちらの記事をご覧ください。

以上が僕がシード期のSaaSスタートアップに投資する時に気にしているポイントだ。

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SaaSマーケティングでも無視できない「Jobs To Be Done」とは?

Matt Hodgesは、2008年から2014年までの6年間、Atlassian のコラボレーションビジネス(Hipchat と Confluence)のプロダクトマーケティングをリードし、年間売上60億円以上のビジネスにまで成長させた。そして現在は、SocialCapital、Bessemer Venture Partners、Iconiqなどから100億円以上を調達しているカスタマーコミュニケーションツール Intercom のマーケティングチームでシニアディレクターとして活躍しており、すでに1万3000件以上の導入実績を持つ。今回は、10月19日に開催した「SaaS Conference Tokyo 2016」でのMattとのセッション内容の一部をまとめてみた。
Intercomは最初、1つのプロダクトで4つのプライシングプランを提供するところから始まった。

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その頃のトップページは、以下のようなデザインだった。

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しかし今のIntercomは、「Acquire」「Engage」そして「Resolve」と言う3つのプロダクトに分けてそれぞれ違うプライシングモデルを提供している。

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Jobs To be Done

このように、1つのプロダクトだけでなく複数のプロダクトを提供するようになった背景には、「Jobs To Be Done」というフレームワークの存在がある。Intercomでは、この「Jobs To Be Done」を応用して取り入れているのだ。

「Jobs To Be Done」は、ハーバード大学の教授Clayton Christensenが生み出した、消費者のモチベーションを理解するためのフレームワーク。ポイントは、消費者は製品・サービスを「購入する」のではなく、自分の「用事(又は仕事)」)を片づけるために製品・サービスを「雇っている」ということだ(参考)。

例として挙げられる機能として、Intercomには、顧客が世界中のどこにいるのかが分かる 〈ライブマップ機能〉がある。

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この〈ライブマップ機能〉がどのように使われているのか、ユーザーの動向を観察した結果、ソーシャルメディアでの共有や、投資家にアピールするために使用されていたり、また、イベントでのPRツールとして利用されていることが分かった。

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ユーザー動向を “観察” することで、この〈ライブマップ機能〉が、どんな「仕事」のために「雇用」されているかを理解することができたのだ。

Intercomのユーザーが〈ライブマップ機能〉を「雇用」する理由は、自社のユーザーが世界中に拡大していることを上手く外部にアピールするという「仕事」をしてもらうためだった。Intercomは、この理解を元に機能改善に取り組んだ。

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そして完成したプロダクトは美しい見た目のほか、アニメーション付きでリアルタイムにアップデートされ、また、プレゼン時でも使える全画面表示機能や、ソーシャルメディアでも共有しやすいように個人データの非表示機能などが付くバージョンにアップグレードされた。

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その結果、さらに多くのユーザーが、この〈ライブマップ〉をソーシャルメディアで共有するようになった。

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“Focus on the job, not the customer”

マーケターとしてまず理解する必要があるのが、”人は、どんな「仕事」を片づけるために、プロダクトを「雇用」しているのか?” だ。それを理解するためには、たくさんのユーザーと話す必要がある。Intercom では、新規ユーザー、退会したユーザー、アクティブユーザー、非アクティブユーザーそれぞれにインタビューをした。

そしてユーザーは、主に3つの「仕事」を済ませるために Intercom を「雇用」していることが分かった。そこで、そのJob (仕事) を軸に、トップページやランディングページのデザインを変更し、プロダクトも3つに分けることになった。

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ランディングページは、Intercomを「雇用」することで、どんな「仕事」を済ますことができるかを明確に伝えられるようにデザインに変更し、細かい機能の説明など、この時点では “余分” な情報をすべて外した。

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マーケティングにも活用
プロダクトの「Jobs To Be Done」が理解できれば、マーケティング戦略にも活用することができる。

マーケティングは、主に5つの活動に分けられる。

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Reach: Intercomを「雇用」しそうな人たちにリーチをする活動。これはPR、イベントでの登壇やスポンサー、FacebookやGoogle広告といったチャネルでメッセージを発信する。

Attract: 顧客を呼び込む。これはブログを使ったコンテンツマーケティングや、本の出版、セミナー開催などから、潜在顧客を呼び込む。

Convince: リーチしたり、呼び込んだ顧客を説得する活動。主にランディングページの最適化や、成功事例をトップページに掲載するなどといった活動になる。

Educate: プロダクトを雇用してくれたユーザーが正しい使い方を行えるための教育。How-to動画や、プロダクトのデモ、ヘルプドキュメント等といった教育教材の用意や活動。

Delight:イベントの主催や高い頻度でのプロダクトアップデートなど、雇用したことを「喜び」に繋げるための活動。

まずは、Convinceから
スタートアップは、多くのマーケティング活動のなかで、どこから手をつけるべきなのか?まずは、ユーザーを説得するためのConvinceから始めるべきだ。そのためにも、ユーザーの「Jobs To Be Done」を理解し、言葉選びや適切なストーリーを伝えていくことが重要である。

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エンタープライズの変化とSaaSスタートアップの機会

Mamoon Hamidは、シリコンバレー拠点のベンチャーキャピタル「Social Capital」のゼネラルパートナー。早期の段階で、BoxやSlack、IntercomといったB2B SaaSスタートアップへの投資を実行した実績を持つ。今回は、10月19日に開催した「SaaS Conference Tokyo 2016」でのMamoonとのセッション内容の一部をまとめてみた。
エンタープライス向けソフトウェアの変化
アメリカでは、時価総額1兆円を超えるエンタープライズ向けソフトウェア企業は10社しかない。そしてその10社の平均創業年数は30年。創業して成長させるには、ものすごい時間がかかる。

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エンタープライズ向けソフトウェアを提供する大手企業は、顧客に提供できるサービスやプロダクトを増やすために積極的に企業買収をしている。例えば、SAPのSuccessFactor買収や、SalesforceのExactTarget買収は記憶に新しいだろう。

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セールスチームによる営業活動、その後のソフトウェアのインストールやサーバー導入そして導入後メンテナンスなど、エンタープライズ向けソフトウェアを販売するためには、多くの時間や労力、費用、そして手間がかかる。そのためソフトウェアの購入単価は高くなり、結果、購入できる企業が限られてしまっていた。
しかし、ソフトウェアのクラウド化によって、顧客の獲得やサービスの提供、導入後メンテナンスを低コストで実現できるようになった。サービスを低価格で提供できるようになったことで、SaaSソリューションを購入できる対象顧客が一斉に拡大している。1995年時点では、対象顧客が20万社程度だったのに対して、2015年には2000万社にまで拡大した。そしてソフトウェアの平均単価は、12万ドルから1万ドルにまでいっきに下がった。また、導入コストが高かったために、複数のソリューションを1社の大手ベンダーのみから購入していた企業が、現在では、複数の企業からソリューションを購入する傾向に変化している。

市場の拡大、高利益率、VCやエンジェルの活発化、SaaSの経営ノウハウの成熟度レベルをみても、この時期にB2B SaaSの領域で起業することで、事業成功へのチャンスが格段に広がっていることが分かる。

SaaSスタートアップにとって重要な指標
1つはチャーンレート(退会率)。有料顧客の月次退会率が3%以上のサービスには投資できないし、良い事業はつくれない。退会率は、ユーザーの満足度やエンゲージメントを表す重要な指標だ。また、売上げ額が毎月3%以上下がるのであれば、事業を伸ばすために新しい売上げを3%以上獲得しなくてはならない。売り上げが1000万円程の企業にとってはたいしたインパクトはないが、売上げ額が40億円や100億円となったら、このチャーンのインパクトは無視できない。長期的に持続可能なビジネスをつくること自体が難しくなるからだ。

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もう1つは「Quick Ratio」を 4 にするべきだ。「Quick Ratio」とは、SaaSビジネスの成長の程度を計る指標。当月の増加収益(MRR増分)を、当月の減少収益(MRR減少分)で割った数値。方程式に割り出すと:

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となる

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プロダクトマーケットフィット
B2B SaaSが、プロダクトマーケットフィットを達成できたかどうかを見分ける方法の1つは、「ユーザーエンゲージメント」をみることだ。日常的に利用されるサービスであればDAU / MAUを見ると良い。業務用のソリューションであれば、WAU / MAUに着目すべき。これらの数字が、常に50%を超えているのなら、良い波に乗っていると言っていいだろう。気を付けてほしいのは、サービスによって適正な指標が変わるということだ。

もう1つは、オーガニックで獲得できた有料顧客がどれくらいいるのかだ。
毎月100ドル以上支払う有料顧客を100社以上オーガニックで獲得できていれば、それは「プロダクトマーケットフィットに近づいている」と思って良いだろう。

ボトムアップで自然に上がる
ACV(Annual Contract Value = 年間発注額が高いからといって、いきなりFortune 500や大規模の会社を狙ったサービスをつくるのは賢明ではない。まずは、中小企業を対象にサービスを展開して、自然と引っ張られるように大手企業に展開していくのが得策だろう。例えばZenefits社は、まずYconbinatorに参加しているスタートアップを最初の顧客として取り入れ、それぞれのスタートアップの成長とともに、大手企業への展開を段階的に進めていった。

Boxの場合は、大きな企業のなかでも、まず10名や20名程度の小規模な部署への導入から始めて、徐々に人数の多い部署へと展開していった。こうして、結果的に自然と会社全体でBoxが利用されるようになっていった。

SaaSの成長痛
SaaSスタートアップの初期の顧客は小規模な会社であることが多いため、セルフサーブでサービスを提供することができ、サポートやセールスチームがいなくても成り立たせることができる。しかし、従業員が100人または1000人いるような中規模〜大規模の企業を顧客に持つようになると、サポートやセールス、カスタマーサクセス、アカウントマネージャーなど、組織やオペレーションチームをつくることが不可欠になる。この「組織づくり」こそが、SaaS経営者がもっとも苦労することだろう。

プレイヤー / コーチ
最初にセールスチームやカスタマーサクセスチームをつくるときは、プレイヤーでありコーチにもなれる人材を採用するべきだ。なぜなら、初期の段階では顧客について学び、分析し、試行錯誤を繰り返しながら再現性のある「プレイブック」をつくらなくてはならないから。そして、そこからメンバーを増やし、他のメンバーに伝えていくコーチのような役割を果たさないといけないからだ。

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知っておきたいB2B SaaSのビジネス指標と単語


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来月開催するB2B SaaSに特化したカンファレンス「ALL STAR SAAS CONFERENCE 」に向けて、今回はB2B向けのスタートアップなら知っておきたいビジネス指標と単語をまとめてみることにした。

MRR (Monthly Recurring Revenue) = 月間定額収益。年間定額のサービスを提供している場合、その額を12で割るケースが多い。

ARR (Annual Recurring Revenue) = 年間定額収益。月間定額収益を12倍で算出するケースが多いが、単発的なサービスやコンサルからの収益は含めない。

ACV (Annual Contract Value) = 年間発注額。契約が1年以上の場合、顧客が12ヶ月間で支払う金額。

ARPA (average revenue per account) = 顧客ごとの平均収益。

Churn = 退会や解約を意味するが、”Churn” には様々な種類がある。

Revenue Churn = 退会による、MRR損失。例えば、毎月10万円を支払う顧客が、3社退会した場合、その月のRevenue Churnは、30万円になる(3社 × 10万円)。

Customer Churn = 顧客の退会率。例えば、月の初めに定額で支払っている顧客が100社いたとして、その月に5社退会したら、その月のCustomer Churnは、5%となる。

Gross Churn = 失った金額分のチャーンの比率。以下の方程式で割り出す。screen-shot-2016-09-19-at-12-09-42-am

Net Churn = その月に失ったMRRに、エキスパンションやアップセルによって増えたMRRを考慮したチャーンの比率。以下の方程式で割り出す。

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Negative Churn = Net Churnがマイナスになること。これはエキスパンションやアップセルによって増えたMRRが、退会によって失ったMRRより多い場合に起きる。

NPS (Net Promoter Score) = 顧客満足度とロイヤリティを数値に表したスコア。これは、実際に顧客の声を直接聞いて、そのデータを数値化する必要がある。

このスコアを出す1つの方法として、顧客に「このサービスやプロダクトをどの程度知り合いに勧めたいと思うか?」と質問をし、0-10の点数で答えてもらうというやり方がある。
(10 = 是非勧めたい、0 = 全く勧めない)

① プロモーターの比率 = 9 か10 と答えた回答者の数 ÷ 全回答者数

② 非プロモーターの比率 = 6 以下の数字を答えた回答者数 ÷ 全回答者数

NPS =(①プロモーターの比率 – ②非プロモーターの比率)

参照:a16z ‘16 more metrics

NRR (Net Revenue Retention) = 売上継続率。今月獲得した売上が、来年の今頃にどの程度になるのかを示す指標。

A = [1年前に獲得した有料顧客のMRR]
B = [その同じ顧客グループの現在のMRR]

Net Revenue Revenue Retention = B / A

Customer Renewal Rate = 既存顧客が契約を更新する率。方程式は以下:

A = [X期間に契約が終わる顧客数]

B = [X期間に契約を更新した顧客数]

Customer Renewal Rate = B / A

CAC (Customer Acquisition Cost) = 一顧客を獲得するためにかかった営業及びマーケティングの費用。

LTV (Lifetime Value) = 一顧客が、取引期間を通じて企業にもたらす利益 。B2B SaaSの場合は、以下の方程式で割り出すことができる。

CAC Payback Period = CACを回収できるまでに必要な期間。方程式は以下:

CAC Payback Period = [平均CAC] / [ARPA x 売上総利益率]

Premium/Professional Service = プロダクトやサービスの提供による月次売り上げ(MRR)以外からくる、トレーニングやカスタマイズ、コンサルティング等単発的な売り上げ。

Expansion / Upsell = 既存顧客に対し、現在加入しているプランより高いサービスプランの購入を促したり、アカウント数を増やすこと。

Customer Success = プロダクトやサービスが正しく活用され、顧客がその価値を得られていることをプロアクティブに把握し、徹底していくアプローチ。

Inside Sales = 会社の外ではなく、電話やオンラインで行う営業のアプローチ。

Field Sales = 会社の外に出て、潜在顧客と直接会う営業のアプローチ。

Outbound Sales / Sales Development = 営業チームが潜在顧客にアプローチをかけること(電話やメールでの営業、テレマーケティング等)。

Self Serve =登録からサービスの利用開始までの一連の流れを、営業やカスタマーサポートなどを介さずに顧客が自分自身で行うこと。

Lead Generation = プロダクトやサービスに興味を持ってくれている潜在顧客の問い合わせや登録を増やすこと。

SQLs (Sales Qualified Leads) = 営業チームが直接営業のアプローチをしても良いと判別できたリード。

SDR (Sales Development Rep) = リードとのアポ取りや、SQLへの転換をさせるInside Salesの担当者。

Account Executives = 潜在顧客にプロダクトやサービスのデモを行い、価格交渉やクロージングを行う営業担当者。

*2019年10月1日に更新(NRR、ARPA、CRR等を追加)

edited by kobajenne

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ALL STAR SAAS CONFERENCE 2019開催します!
日本、シリコンバレーなどで活躍するSaaSスペシャリスト達と共に
実践的かつインタラクティブなセッションを繰り広げるSaaS特化型カンファレンス

【2019年も見所たくさん!】

① 昨年、ARMに買収されたトレジャーデータの共同創業者が『日米で戦う$100M ARRのエンタープライズSaaS企業の作り方』について語ります。

② 急成長を続ける北米のデカコーン企業 Stripe のChief Revenue Officerが、来日予定!日本にはまだ浸透していない、この「Chief Revenue Officer」の重要性とは。

③ 大型調達を実施したSmartHRとオクトの代表が語る、急成長を支える組織基盤のあり方。

④ SNS投稿禁止の「Deep Dive」セッションでは、ここでしか聞けない(シェアされない)トークを。参加者との質問を交えながら、進めていく参加型セッションです。

⑤ 今年のSaaS業界のホットトピックである「イネーブルメント」や「エンタープライズセールス」のスペシャリストが、その成功の秘訣を教えます。

詳細はこちら!
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シリコンバレー経営とSaaSの成長


NEC Corporation of America

先日、AnyPerkの福山太郎氏を招いて、イベントを開催した。ディスカッションのテーマは「アメリカでの会社経営」そして「SaaSビジネスのグロース」。福山氏は、日本人として初めてYCombinatorに参加し、今はシリコンバレーで50人規模の会社を経営している。今回は、このイベントで話をした内容の一部を公開することにした。
正しい決断と快適な決断

会社の規模が大きくなると、経営者としての一番重要な仕事は、考えること。ここに一番時間を割くようにしている。特に苦労してきたのは、「決断」するとき。この「決断」には、2つの種類がある。1つは、「Right Decision (正しい決断)」もう1つは、「Comfortable Decision (快適な決断)」だ。「正しい決断」と、「快適な決断」のいずれかで迷ったときは、できるだけ「正しい決断」をとるべき。ビジネスを行ううえで、実践したいことは山ほどあるが、半年に1度、その時点での「会社にとって大事なこと」を決断したら、そのポイントだけに注力すべき。

経営者の仕事

経営の仕事は4つある。

  • 一体感のあるチームを作ること
  • 「Clarity」という明確なビジョン・ゴール・ターゲットを作ること
  • オーバーコミュニケートすること
  • Reinforce(補強する)すること

そして、会社のリーダーは、以下6つのポイントを正しく理解し、いつでも言葉にして、これらの問いに答えられるべき。

  • なぜ会社は存在しているか
  • どんな行動(behavior)を求めているか
  • 何をする会社なのか
  • どうやって勝つのか
  • 今一番大事なことは何か
  • 誰が何をやるのか

これら6つの要素の中で「なぜ会社は存在しているのか」は、経営者自身が決める。でも、「どんな行動を求めているのか」を決めるのは、経営者本人ではなく最初に入社した社員の20人。会社の文化は “性格” みたいなもので、性格が一致して好き嫌いが同じであればあるほど摩擦が少なく、事業を早く成長させることができる。その好き嫌いを綺麗に整理することが、リーダーの行うべきことであり、文化は、初期のチームメンバー20人の性質から抽出し、決まる。

上記以外の要素は、マネージメント層の仕事となる。社員に文化を伝える方法としては、常にオーバーコミュニケートしていくことが大切。オーバーコミュニケートとは、言い続けること。社員から煩がられても言い続けること。但し、ただ言い続けるのではなく、会社としての仕組みに組み込んでいくことが大切。例えば、人材採用の際に、会社の文化として共有しておきたいことを面接フォーマットを入れておいたり、3ヶ月に1度程度のタイミングで、会社が推進する行動を実践したメンバーを表彰するなど、積極的に仕組みに入れていくことで強化することができる。

チームが30人程度の規模までは、チーム全員を見渡すことができるので、メンバーが何を考えているのかなどチームの状況を経営者自身で把握することができる。でも、30人を超えたところで、創業初期からAnyPerkを作り上げてきたメンバーと、「会社をもっとよくしたい」と考える新しいメンバーの間で対立が起き、2つのグループに分かれる。メンバーが多くなればなるほどチーム全員と個別に話をすることが難しくなり、チームと経営者の間にマネージャーが入るスタイルに変化する。

アメリカで会社を経営するにあたり、日本人が難しいと感じるポイント

アメリカで日本人が会社経営をしていて、難しいと思うポイントは、「正しい決断」、「快適な決断」のなかで、「正しい判断」をし続けること。例えば、投資家に定例ミーティングを入れて欲しいと言われても、無駄と思ったことは「無駄」と言える勇気が大切。自分の弱みを認めたり、自分ができないことをきちんと伝えたり、ミスをしたら謝ることができる能力のある人が伸びる。リーダー1人の知識では、できることに限りがある。適切な人間からのフィードバックを取り入れて動かなくてはならないので、自身の弱みを認めて成長することが重要。

リーダーはレバレッジを効かせ、人材、投資家、外部のアドバイザーなどを含む “有能な人間” をどれだけ振り向かせることができるかにかかっている。例えば、有名なアドバイザーにはストーカーのように連絡をする。会いたい人のリストを作成して、毎月必ずそれぞれにパーソナライズされたメールを送ったりしている。「あなたのこのツイートを見たけれど、僕はこう思うんだ」のような内容のメールを送って、最終的にアポイントが取れたら勝ち。

SaaSの検証

これから起業してサービスを展開させようと思う人がまず検証するべきことは、売れるかどうかを検証すること。MSP (ミニマム・セラブル・プロダクト)を作り、それを徹底的に検証する。「このサービスは、売れるのか、売れないのか。」これが唯一信じられること。AnyPerkのMSPは、デザイナーが作ったプロダクトのモックで、最初の課金ユーザーを獲得することができた。サービスが売れるという手応えを感じたら、次に検証すべきことは「売上がどれだけ伸びているか」、そして「解約率がどれだけ低いのか」。最初の1年で売上が伸びたら、あとは解約が低いことを祈る。また、アップセルを狙うために、「利用料金を2倍に値上げする場合に何が欲しいか?」を1年後の契約更新の際にユーザーに聞いて追加するサービスや機能を決めて開発をしている。もしも、チャーンレートが月次で2%を超えたら、状況を見直し改善する必要がある。

SaaSの1:1:1の法則

理想なレートは、【バーンレート: 1、チャーンレート:1、アクイジション・コスト:1】の状態。

バーンレートは、どれだけ会社がお金を使っているか。年始から年末の減った金額と、トップラインの売り上げの上がりが 1:1 がよい。もし3億円の売上を10億円に伸ばそうとする場合、結果的に7億円分の利益があがることになるので、その目標を達成するためには、7億円分のキャッシュを使って良い。

チャーンレートはどれくらいか。

“グロスチャーン” (既存顧客の退会により失う月額売上) が、1%未満であること。そして ”ネットチャーン” (既存のお客さんが追加でオーダーした分の売上をネットチャーンにプラスした売上) の増加が毎月1%以上であることが理想だ。1,000ドルの売上のうち、10ドルの解約があっても、ユーザーが20ドル分追加で購入した場合、売上は1%増える。

そして最後に、1社あたりのアクィジションコスト(獲得コスト)は、その1社の売上の1年分のに抑えること。

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