エンタープライズの変化とSaaSスタートアップの機会

Mamoon Hamidは、シリコンバレー拠点のベンチャーキャピタル「Social Capital」のゼネラルパートナー。早期の段階で、BoxやSlack、IntercomといったB2B SaaSスタートアップへの投資を実行した実績を持つ。今回は、10月19日に開催した「SaaS Conference Tokyo 2016」でのMamoonとのセッション内容の一部をまとめてみた。
エンタープライス向けソフトウェアの変化
アメリカでは、時価総額1兆円を超えるエンタープライズ向けソフトウェア企業は10社しかない。そしてその10社の平均創業年数は30年。創業して成長させるには、ものすごい時間がかかる。

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エンタープライズ向けソフトウェアを提供する大手企業は、顧客に提供できるサービスやプロダクトを増やすために積極的に企業買収をしている。例えば、SAPのSuccessFactor買収や、SalesforceのExactTarget買収は記憶に新しいだろう。

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セールスチームによる営業活動、その後のソフトウェアのインストールやサーバー導入そして導入後メンテナンスなど、エンタープライズ向けソフトウェアを販売するためには、多くの時間や労力、費用、そして手間がかかる。そのためソフトウェアの購入単価は高くなり、結果、購入できる企業が限られてしまっていた。
しかし、ソフトウェアのクラウド化によって、顧客の獲得やサービスの提供、導入後メンテナンスを低コストで実現できるようになった。サービスを低価格で提供できるようになったことで、SaaSソリューションを購入できる対象顧客が一斉に拡大している。1995年時点では、対象顧客が20万社程度だったのに対して、2015年には2000万社にまで拡大した。そしてソフトウェアの平均単価は、12万ドルから1万ドルにまでいっきに下がった。また、導入コストが高かったために、複数のソリューションを1社の大手ベンダーのみから購入していた企業が、現在では、複数の企業からソリューションを購入する傾向に変化している。

市場の拡大、高利益率、VCやエンジェルの活発化、SaaSの経営ノウハウの成熟度レベルをみても、この時期にB2B SaaSの領域で起業することで、事業成功へのチャンスが格段に広がっていることが分かる。

SaaSスタートアップにとって重要な指標
1つはチャーンレート(退会率)。有料顧客の月次退会率が3%以上のサービスには投資できないし、良い事業はつくれない。退会率は、ユーザーの満足度やエンゲージメントを表す重要な指標だ。また、売上げ額が毎月3%以上下がるのであれば、事業を伸ばすために新しい売上げを3%以上獲得しなくてはならない。売り上げが1000万円程の企業にとってはたいしたインパクトはないが、売上げ額が40億円や100億円となったら、このチャーンのインパクトは無視できない。長期的に持続可能なビジネスをつくること自体が難しくなるからだ。

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もう1つは「Quick Ratio」を 4 にするべきだ。「Quick Ratio」とは、SaaSビジネスの成長の程度を計る指標。当月の増加収益(MRR増分)を、当月の減少収益(MRR減少分)で割った数値。方程式に割り出すと:

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となる

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プロダクトマーケットフィット
B2B SaaSが、プロダクトマーケットフィットを達成できたかどうかを見分ける方法の1つは、「ユーザーエンゲージメント」をみることだ。日常的に利用されるサービスであればDAU / MAUを見ると良い。業務用のソリューションであれば、WAU / MAUに着目すべき。これらの数字が、常に50%を超えているのなら、良い波に乗っていると言っていいだろう。気を付けてほしいのは、サービスによって適正な指標が変わるということだ。

もう1つは、オーガニックで獲得できた有料顧客がどれくらいいるのかだ。
毎月100ドル以上支払う有料顧客を100社以上オーガニックで獲得できていれば、それは「プロダクトマーケットフィットに近づいている」と思って良いだろう。

ボトムアップで自然に上がる
ACV(Annual Contract Value = 年間発注額が高いからといって、いきなりFortune 500や大規模の会社を狙ったサービスをつくるのは賢明ではない。まずは、中小企業を対象にサービスを展開して、自然と引っ張られるように大手企業に展開していくのが得策だろう。例えばZenefits社は、まずYconbinatorに参加しているスタートアップを最初の顧客として取り入れ、それぞれのスタートアップの成長とともに、大手企業への展開を段階的に進めていった。

Boxの場合は、大きな企業のなかでも、まず10名や20名程度の小規模な部署への導入から始めて、徐々に人数の多い部署へと展開していった。こうして、結果的に自然と会社全体でBoxが利用されるようになっていった。

SaaSの成長痛
SaaSスタートアップの初期の顧客は小規模な会社であることが多いため、セルフサーブでサービスを提供することができ、サポートやセールスチームがいなくても成り立たせることができる。しかし、従業員が100人または1000人いるような中規模〜大規模の企業を顧客に持つようになると、サポートやセールス、カスタマーサクセス、アカウントマネージャーなど、組織やオペレーションチームをつくることが不可欠になる。この「組織づくり」こそが、SaaS経営者がもっとも苦労することだろう。

プレイヤー / コーチ
最初にセールスチームやカスタマーサクセスチームをつくるときは、プレイヤーでありコーチにもなれる人材を採用するべきだ。なぜなら、初期の段階では顧客について学び、分析し、試行錯誤を繰り返しながら再現性のある「プレイブック」をつくらなくてはならないから。そして、そこからメンバーを増やし、他のメンバーに伝えていくコーチのような役割を果たさないといけないからだ。

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完璧である必要はない。ベンチャーキャピタリストによる起業家支援

僕がベンチャー投資をはじめたのは、まだ大学を卒業して間もない23歳の時だった。最初は、投資戦略や投資基準の定め方や案件開拓の方法など、常に試行錯誤の連続だったが、そのなかでも、特に長く悩んだことは、「投資先の起業家をどうやって支援するのか」だった。

完璧である必要はない

起業家は、採用、マネージメント、プロダクト、資金、競合、パートナーシップなど数多くの、それこそ死ぬほどたくさんの悩みや課題を抱えている。ベンチャー投資をはじめたばかりの僕は、良いVCは、起業家が持つこれら全ての悩みや課題を解決するためにサポートする必要があり、それらに対する「答え」を持っていなくてはならない、と思っていた。慣れない営業開拓をしたり、打ち合わせに同席したり、採用候補者のリスト作成を手伝ったり、とにかくその起業家に必要な「答え」に繋がることは、できる限りカバーしようとしていた。

もちろん起業家は、こうした多面的なサポートを喜んでくれる。が、実は一見 ”手厚いサポート” に見えるこのやり方の中身を掘り下げていけばいくほど、効果が薄い‥いや、それどころか結局逆効果になることが多くある。
理由はシンプルだ。中途半端にオペレーションを手伝っても、中途半端な結果しか現れない。そして、知識や経験のない、自分が得意としない分野について、どれだけアドバイスをしようとしても効果は無いからだ。

生かすべきは、強みと興味

だから僕は、多分野の知識や経験を積んで起業家をあらゆる面でサポートするのではなく、自分の長所と興味を生かした専門分野のみに集中したサポートを実行している。その方が、スケールさせることもできるし、なにより自分が提供できる価値を最大化させることができる。

僕の場合、エンジニアとしての経験と興味を生かした「プロダクト」、グローバルなポートフォリオ(投資先)から得た学びや経験を生かした「ストラテジー」、そして自分が組織を率いたときに苦労した「マネージメント」の3つの分野に関する専門的な知識とスキルが、自分の生かすべき強みだ。これらは、自分の長所と言える分野であるとともに、支援対象としているシード期のスタートアップの成長のために欠かせないポイントにもなる。

良いパートナー

知識や経験以上に重要なのは、起業家にとって「良いパートナー」になれることだと思っている。僕の中で良いパートナーの定義は、

  • 透明性:何も隠さず自分の気持ちや考えを伝えること。間違っていたり、悪いと思った時は真っ直ぐにそれを言う。
  • コントロールはしない。尊重する:起業家と意見や考えが一致しないときも、自分の意見や考えは、はっきり主張する。これは、僕の視点から何が正しいと思うか、ほかに考慮すべき要素が何なのかを”伝える”ためだ。でも最後は、たとえ起業家と自分の考えにずれがあったとしても、起業家の決意を尊重して応援する。VCとしての役割の1つは、起業家があらゆる選択肢を考慮して考え抜いているかどうか、を確認することだと思う。
  • 感情のカウンターパート:起業家はとにかく日々感情のジェットコースターに乗っている。上がっているときは、感情も上がり、下がるときは、これでもかという程思いっきり下がる。だから僕は、この起業家の感情の上下を把握しつつ、常に適切な感情を表現できるようにしている。起業家がパニック状態になったなら、とにかく自分は冷静でいる必要があるし、勢いがあるときは「行けっ!」と背中を押して加速させる。感情が荒れているときは、安定と安心の姿勢で接する。

これが僕の考えるVCの支援の仕方。
これはあくまでも自分自身の長所、短所、性格、そして起業家のニーズを考慮してあみだした僕流のスタイル。VCによってそれぞれの考えや、支援の仕方(強み)があって良いと思う。いろんなタイプの支援者が増えることによって、起業家は自分が必要なサポートや自分に合うパートナーの選択肢、活用方法が増えることに繋がるのだから。

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